不登校・引きこもり

重荷にならない不登校の子への手紙の書き方

重荷にならない不登校の子への手紙の書き方

先日、不登校だった中学時代にクラスメイトからもらった手紙に関する記事を書きました。

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不登校の生徒にとってクラスメイトからの手紙は、自分の存在を忘れないでいてくれているという嬉しい気持ちの反面、「学校においでよ」「こんなに楽しいよ」という文面だと重荷になることがあります。

そこで不登校だった自分自身の経験も踏まえ、不登校の子への重荷にならない手紙の書き方を考えてみたいと思います。

まず、不登校の心理状態とは、一体どういったものでしょうか。

不登校のとき

不登校になる原因やきっかけは人それぞれですが、共通して言えるのは「自分の意思だけではどうしようもできない」ということです。

心と体は繋がり合っているので、心が教室に抵抗があれば体も調子が崩れますし、体調が崩れれば心も弱ります。

思春期は特に両方ともバランスの崩れやすい年頃。

周りから見れば大したことのない、ほんのちょっとのきっかけでもどっと崩れてしまう時期です。

一度大きくバランスが崩れると、たとえるなら、意思では右足を出そうとしても体が右足がうまく出てくれないような状態になります。

思っているように歩けず、「どうして!」「なんで!」と焦りや不安がつのる。でも、他の人たちは「普通」に歩いている。

だから、「自分ばかり」と卑下したり、「置いていかれる」と焦燥に駆られ、余計に足がもつれるようになる。

僕の場合もそうでした。ほんとうは、徐々にバランスが崩れていく途中で立ち止まり、悪化する前に一度しっかり休めばよかったのですが、「置いていかれる」という不安にさいなまれ、無理をすることで余計に泥沼にはまり込んでいった。

両親も、初めての経験だったからか、当初「ズル休みじゃないか」「怠けてるだけじゃないか」「どうするの?」と急かすような態度で、誰も理解者がいないことで次第に追い詰められていきました(当時は携帯やスマホもなく、苦しみを共有することはできませんでした)。

もし、クラスメイトの不登校の子に手紙を書くとしたら、まずはこういう「不安」や「焦り」があるというのを理解してあげることが、なによりも大切なことだと思います。

その子は恐らく、教室や家族、周囲の大人からだけでなく、自分自身からさえも孤立した状況に追い込まれています。

手紙の書き方

こうした点を踏まえれば、手紙でも、焦せらせるような内容は避けたほうがよいでしょう。

できれば、「今はゆっくり休んでね」ということと「でも、あなたのことを忘れていないよ」ということが伝えられる文面が最良です。

あるいは、学校とは関係のない日頃の面白かったことや、空がきれいだったこと、日々の何気ない嬉しかったこと、音楽や、その子の好きなもののことを書くのもよいかもしれません。

文面は、手紙を書く自分と、その不登校の子との距離感によっても変わってくるでしょう。全く話したことがない生徒に、クラスみんなで書こうとなると、何を書いたらいいか迷うと思います。

僕も、全然喋ったことのなかった子からの手紙をどう読んでいいか戸惑いました。

でも、そういうときは変に背伸びをして「味方だよ!」と言われるよりも、「あんまり話したことがなかったね」と正直に言ってくれるほうが読んでいてもほっとしました。

ちなみに、同じ不登校でも、誰かからのいじめなどはっきりとした原因があり、その不登校の生徒も、いじめっ子のいない空間では元気という場合は、少し違ったアプローチが必要かもしれません。

それは、いじめられた子の問題ではなく、いじめっ子や、そういう状況を許している教室の問題のほうが大きいので、不登校の生徒に学校に来れるようにエールの手紙を送る、というのは少し違うような気がします。

とは言え、手紙の書き方という点では同じことが言えるかもしれません。

いずれにせよ、こうして悩んで書いた手紙なら、文面や文字からその想いや深い気遣いは伝わります。そして、たとえそのときには直接の影響はなかったとしても、10年、20年とその子の心には残り続ける。

言葉とは、そういうものだと僕は思います。

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