心のこと

他人を変える方法

他人を変える方法

突然ですが、「他人を変える方法」について書きたいと思います。

世の中には「自分が変わることで世界が変わる」といった類の話は数多く溢れています。そして、実際、自分が変わることによって世界が変わる、というのも紛れもない事実です。

自分が変われば、周りの見方も変わります。世界の見え方も変わります。筋トレや早寝をすれば自分の身体や心持ちも変わります。自分が変わる、というのは素晴らしいことだと思います。

一方で、「他人を変える方法」と言うと、ちょっと洗脳的な危ない空気が漂ってくるのではないでしょうか。

ただ、一口に「他人を変える」と言っても、その幅は広く、たとえば、「他人」も、上司かもしれませんし、若い部下や後輩かもしれません。親や子供かもしれませんし、友人や意見の異なる見知らぬ他人かもしれません。

また、「変える」と言うのも、「心を変える」のと「考え方を変える」のでは微妙に違います。

心には、ものごとをどんな風に解釈するか、といったことから、自分の思想や生きる哲学の他に、ドキドキやワクワクといった鼓動に由来する感情的な側面もあります。

こうして考えると、隣に座っているだけで胸が高鳴ったり、逆にほっとして安心する、というのも「心を変える」ということに繋がります。

考え方を変える、という場合には、もう少し使う部位が「頭」寄りになったり、慣用句で言う「腹を決める」「腹をくくる」とあるように、腹に落として考え方や生き方が変わる場合もあります。

以上のように、「他人を変える」という言葉は、非常に多岐に渡って光の当てられるものだというのがお分りいただけると思います。

そのことを踏まえた上で、ここでは、「他人(の考え方)を変える方法」を紹介したいと思います。

洗脳ではなく、本棚の片隅に本を置く

他人の考え方を変える一番有名な方法が「洗脳」です。

暴力的な方法で屈服させ、抵抗意識を奪ってから一つの考え方を浸透させることもあるでしょうし、暗く狭い空間で「これが絶対に正しいんだ」と繰り返し語りかけ、思い込ませる方法もあるかもしれません。

同じ言葉や映像を延々と表現し続ける大衆広告的な方法や、サブリミナル効果を活用するような深層心理的な方法、また不安に陥し入れ、「でも、“これ”さえあれば大丈夫。全部解決する」という詐欺師的な手法もあるでしょう。

案外、こうした方法は巷でも溢れています。

これも、一つの「他人を変える方法」と言えるでしょう。

でも、今回紹介するのは、こうした短期的に変える方法ではありません。

短期的に変えようとすると、なぜ変わってくれないんだ、なぜこちらの気持ちが分からないんだ、と苛立ちに変わり、もしかしたら最初は相手のことを心配した上での行動や発言だったものが、いつの間にか、自分の思い通りにしたい、という欲望による衝動に変わってしまっていることも多々あります。

短期的ではなく、長期的に変えたい場合に大切なのは、相手との信頼関係です。

普段の何気ない会話や、好きなものの話、相手の話を聞いたり、ときどき自分の弱さも見せたり、そんな風にして信頼関係が徐々に出来上がっていくことが、時間はかかるかもしれませんが、言葉を届かせる何よりも大事なことです。

信頼関係ができることで、相手は、こちらの言葉を置いてくれる「スペース」ができます。

それは本棚のようなもので、たとえ片隅であっても、「私」の言葉という一冊の本を置いてくれるスペースを用意してくれます。

暴力的に相手の思考の本棚を占拠する方法もあるかもしれませんし、そういう方法が得意なひともいるでしょう。

でも、僕自身は、本棚の片隅を自分のために空けてくれるだけでじゅうぶんだと思っています。

そして、そこに一冊の「本」を置く。

伝えたいこと、わかってほしいこと、「あなた」に届けたいことを、丁寧に言葉にする。

すぐには熟読してくれないかもしれません。「ありがとう、いつか読むよ」と言って置き去りにされたままかもしれません。

自分が生きているうちに、最後のページの一文を読んでもらうことはないかもしれません。

それでもいい、本棚の片隅に置いてくれてありがとう、と思うこと。

もしかしたら、遠い未来に、ほんとうに苦しくなったときに、埃をかぶった本の一節が何かの支えや道しるべになるかもしれない。それでじゅうぶんではないでしょうか。

少なくとも、その「可能性」が芽生えること。

本棚の片隅に一冊ぶんのスペースを与えてもらうこと、これが、僕のおすすめする「他人を変える方法」です。

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