不登校・引きこもり

不登校のときのクラスメイトからの手紙

不登校のときのクラスメイトからの手紙

学校の先生が、不登校の生徒を励ますためにクラスメイトに「学校に来てね」「待ってるね」といった手紙を書かせて届ける、ということがあります。

中学生の頃、不登校だった僕もクラスメイトからの“励まし”の電話をたびたびもらいました。当時は、まだ携帯を持っていなかったので、家に直接の電話。母が電話を取り、母は受話器を放すと、僕のほうをちらっと見るのですが、僕は高鳴る動悸に急かされるように首を横に振ります。

クラスメイトからの電話のひとつひとつがプレッシャーで重く、余計に苦しくなったのを覚えています。

もしかしたら、電話をしてくる生徒の性格や相性にもよるのかもしれません。そのクラスメイトは性格も熱く、「善意」の押しつけをしてくるタイプで、「お願いだから放っておいてほしい」というのが素直な本音でした。

しかし、その頃の自分は、そういう抵抗感を抱いているということ自体が「悪いこと」のように思い、相手の言動の重さと感謝(「しなければいけない」、という強迫観念)との板挟みで、逃げ出したくて仕方がありませんでした。

不登校となった僕を純粋に心配してくれる子もいれば、思い通りにいかずに腹立たしく思う子もいる。

こんなに自分が心配しているのに、なぜ言う通りに元気にならないんだ、と次第に苛立ってくる。

これは子供だけでなく、大人でも同じようなひとは大勢います。

まして中学生くらいの場合、まだ大きな挫折や言葉にできない苦しみを経験していない子供も多く、その辺りのさじ加減が難しいというのもあるのでしょう。

その後、卒業式が間近になると、クラスメイトのほとんど全員からの手紙が届きました。

あれは担任の先生が発案だったのか、その電話をかけてきたクラスメイトが仕切ったのかは分かりません。30枚近い手紙を持ち、数人が家を訪れました。

母親が手紙を受け取り、クラスメイトが帰ったあと、僕は自分の部屋でその手紙を一枚一枚読みました。雨戸も締め切った真っ暗な部屋で、スタンドライトだけを点けて読んでいるうちに、涙がぽろぽろとこぼれてきました。

多少の嬉しさもあったのかもしれませんが、それよりも、「どうしようもない」という苦しい葛藤によって絞りだされる涙でした。

クラスメイトからの手紙には、男女問わず、喋ったことのない生徒も含め、「頑張れ」「根性見せろ」「一緒に卒業式に出たい」という言葉で溢れていました。

でも、「どうしようもない」。よし、と気分一つで学校に行けるようになるものでもなく、学校や集団の場所に行こうとすると体調が悪くなる。動悸がする。腹痛がする。吐き気がする。

到底、自分でコントロールできるものではありませんでした。

だから、「どうしようもない」という現実と、自分を責める罪の意識が深く深くのしかかり、その鬱屈が涙に変わっていったのでした。

0

[PR]心と体を整える特選ハーブティー